大判例

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仙台高等裁判所 平成7年(ネ)243号 判決

控訴人 真鍋純

同 真鍋隆

同 小沢京子

同 真鍋秀生

右不在者財産管理人 真鍋純

右四名訴訟代理人弁護士 森田正剛

同 藏大介

被控訴人 大竹朝子

右訴訟代理人弁護士 鹿又喜治

同 香高茂

被控訴人補助参加人 国

右代表者法務大臣 長尾立子

右指定代理人 黒津英明外二名

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用(参加によって生じた費用を含む。)は控訴人らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  仙台法務局所属公証人伊藤豊治作成にかかる平成三年第四六七号遺言者真鍋秀光の公正証書による遺言は無効であることを確認する。

3  被控訴人は原判決添付財産目録一記載の各不動産について、仙台法務局平成三年九月三日受付第五一二六一号の各所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

4  控訴人らが同目録二記載の預貯金について各四分の一の共有持分を有することを確認する。

5  訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  当事者双方の主張は、次の二を付加するほかは、原判決「事実及び理由」の「第二 当事者の主張」(原判決二枚目表五行目から五枚目表終わりより三行目まで、原判決添付財産目録一、二及び遺言目録を含む。)と同旨であるから、これを引用する。

二  当審における控訴人の主張

1  秀光のカルテ、看護記録及び原審における証人福田陽一の証言によると、平成三年七月一八日午後六時当時の秀光の身体や精神状態は異常な状態に陥っており、秀光は正常な判断力、理解力及び表現力がない状態であったものであり、秀光には遺言能力はなかった。

2  本件遺言は民法九六九条の方式に違反し無効である。

(一) 法二八条二項が、遺言者と公証人と面識がない場合には、印鑑証明書の提出、その他これに準ずる確実な方法により人違いでないことを証明することを要する旨規定していることに照らすと、公正証書遺言に押印される遺言者の印章は、印鑑証明書に押印されている印影と同一の印章(実印)でなければならない。

本件公正証書に押印されている印影は秀光の実印によるものでないことが明らかであり、本件遺言は民法九六九条四号の方式に違反する。

(二) 公正証書遺言の作成には証人二名以上の立会いが必要であり、証人は公正証書遺言作成の手続中、最初から最後まで揃って立ち会っていることが必要である。

本件遺言の作成手続は、被控訴人が秀光の印章を取りに行った時点で一旦終了し、被控訴人が印章を持って戻った後に、遺言の内容の読み聞け及び署名押印という遺言の作成手続が行われたものであるとみるべきであり、その際、証人加藤久良は立ち会っておらず、本件遺言の作成過程においては、証人二名の立会いという最も重要な部分が欠けており、本件遺言は民法九六九条一号に違反し無効である。

第三証拠

証拠関係は、原審及び当審訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  当裁判所も、控訴人の本訴請求をいずれも棄却すべきであると判断するが、その理由は、次の二のとおり改め、三を付加するほかは、原判決「事実及び理由」の「第三 当裁判所の判断」(原判決五枚目表末行から一三枚目裏二行目まで)と同旨であるから、これを引用する。

二1  原判決九枚目裏一行目の「秀光は、」から同九行目の末尾までを、次のとおり改める。

「秀光は、しっかりした受け答えをしており、被控訴人に死ぬまで面倒を見てもらう、財産は全部被控訴人にあげる、などと遺言の内容を述べ、伊藤公証人は、その内容に従い、同日午後六時三〇分頃、本件公正証書の原案を作成し、本件遺言内容の読み聞けを行った。この間、加藤久良及び近藤節子の両名は、証人として終始立ち会っており、読み聞けの後、秀光はその内容を承認して、本件公正証書の遺言者の欄に署名した。ところが、秀光がその名下に押印しようとしたところ、印章を病院に持参してきていないことが判明し、被控訴人が中山の建物まで秀光の印章を取りに行くことになり、被控訴人は秀光の印章を取りに帰り、同日午後七時三〇分頃、秀光の病室に戻った。

伊藤公証人は、近藤節子の立会いのもとに、改めて秀光に対し、本件遺言の内容の読み聞けを行い、秀光はその内容を確認したうえ、本件公正証書に押印した。なお、その際、加藤久良は病院の待合室に待機していて、秀光の押印には立ち会っていなかったが、待合室に戻ってきた伊藤公証人から完成した本件公正証書を示された。」

2  原判決一〇枚目裏末行の「本件証拠調期日」を「原審証拠調期日」と改める。

3  原判決一一枚目表末行から一二枚目表二行目までを次のとおり改める。

「嘱託人の確認にあたる証人は、単に嘱託人が人違いでないことを証言するだけのものであるから、二人以上でなければならないとする実質的な理由もなく、ことに、嘱託人の確認の方法として、昭和二四年法律第一四一号(公証人法等の一部を改正する法律)による改正前の公証人法二八条二項は、「公証人嘱託人ノ氏名ヲ知ラス又ハコレト面識ナキトキハ其ノ本籍地若シクハ寄留地ノ市区町村長ノ作成シタル印鑑証明書ヲ提出セシメ又ハ氏名ヲ知リ且面識アル証人二人ニ依リ其ノ人違ナキコトヲ証明セシムルコトヲ要ス」と規定していたところ、右昭和二四年法律第一四一号により「公証人嘱託人ノ氏名ヲ知ラス又ハコレト面識ナキトキハ官公署ノ作成シタル印鑑証明書ノ提出其ノ他之ニ準スヘキ確実ナ方法ニ依リ其ノ人違ナキコトヲ証明セシムルコトヲ要ス」と改められたものであること等に鑑みると、昭和二四年法律第一四一号による改正後の法二八条二項は、官公署の作成した印鑑証明書の提出に準ずる確実な方法として、証人については、その数を限定せず、一名でも足りるものとしたと解するのが相当である。」

4  原判決一三枚目表四行目から同終わりより二行目までを次のとおり改める。

「しかし、公正証書の方式の遵守に厳格性が要求されるのは、遺言内容の正確性を確保するためであり、遺言内容の正確性に影響を及ぼさない事項について事実と異なる記載があったとしても、それによって公正証書全体が無効となると解するのは相当ではない。

本件公正証書の作成は、右認定のとおり、遺言者秀光の真意に基づき、民法九六九条に定める方式に則り適法に行われ、証人近藤節子が本人であることの確認も適法に行われたものであるところ、公証人が本件公正証書に実際の証人確認手続とは異なる手続の記載をしたにすぎないものであり、このことは、遺言内容の正確性に何らの影響を及ぼすものではない。したがって、この記載の誤りは本件公正証書の効力を左右するものではないというべきである。」

三  当審における控訴人らの主張について

1  控訴人らの主張1について

甲第三号証の二四によると、秀光の看護記録の平成三年七月一八日の欄には、「傾眠がちで、話している最中にもグーと寝てしまう」との記載があることが認められるが、しかし、甲第二〇号証、原審における証人伊藤豊治、同加藤久良及び同近藤節子の各証言によると、秀光は本件遺言をした際、伊藤公証人としっかりした受け答えをし、自己の行為についての判断能力が著しく減退しあるいは欠如しているとの疑いを抱かせるような言動がなかったことが認められ、加えて、原審における証人福田陽一の証言によると、秀光に意識障害がみとめられたのが同月二二日以降であると認められることに照らすと、秀光は本件遺言をした当時、遺言の意味内容を理解し判断する能力を有していたものと認められるから、控訴人らの右主張は採用することができない。

2  控訴人らの主張2(一)について

甲第二三号証及び乙第一一号証によると、本件公正証書に押印された秀光の印影は印鑑登録された印章(実印)によるものでないことが認められる。しかし、民法九六九条四号の遺言者の押印は、遺言者が本人であることを表し、筆記の正確なことを承認するものであれば足り、印鑑登録された印章(実印)と同じ印章によらなければならないということはできないから、控訴人らの右主張は採用することができない。

3  控訴人らの主張2(二)について

民法九六九条一号は、公正証書によって遺言をするには証人二人以上を立ち会わせなければならないことを定めるが、これは、証人をして遺言者に人違いがないこと及び遺言者が正常な精神状態のもとで自己の意思に基づき遺言の趣旨を公証人に口授するものであることの確認をさせるほか、公証人が民法九六九条三号に掲げられている方式を履践するため筆記した遺言者の口授を読み聞かせるのを聞いて筆記の正確なことの確認をさせたうえこれを承認させることによって遺言者の真意を確保し、遺言をめぐる後日の紛争を未然に防止しようとすることにある(最高裁昭和五五年一二月四日第一小法廷判決・民集第三四巻七号八三五頁)。

前記認定のとおり、秀光は、証人である加藤久良及び近藤節子の立会のもとに、遺言の内容を公証人に口授し、公証人はこれを筆記し、本件公正証書の原案を作成したうえ、本件遺言内容を読み聞けし、秀光がこれを承認して署名したが、押印しようとしたところ、印章を所持していないことが判明したため、被控訴人が秀光の印章を取りに行き、約一時間後、被控訴人が秀光の印章を持参して病室に戻ったところで、公証人が、近藤節子の立会のもとに、改めて秀光に対し本件遺言内容の読み聞けを行い、秀光はその内容を確認したうえで、本件公正証書に押印したものであって、被控訴人が秀光の印章を持参して戻ってからなされた再度の読み聞けと押印については、証人の一人である加藤久良は立ち会っていなかった。しかし、秀光が公証人に対し遺言内容を口授し、公証人が遺言内容を筆記し、これを遺言者及び証人に読み聞かせ、遺言者が筆記の正確なことを承認し、署名する段階までは二名の証人が立ち会っていたものであり、再度の読み聞けは、遺言の内容が変更されたことなどによって、あらたに読み聞けをする必要があってなされたものではなく、手続が中断されたため、確認の意味でなされたにすぎないものと認められるのであって、秀光が署名するまでの手続と、被控訴人が秀光の印章を持参して来て再開された手続とは連続した一連の手続であるというべきであり、再度の読み聞けと秀光が本件公正証書に押印する際に、証人のうち一人が立ち会っていなかったとしても、右のような事実関係のもとでは、遺言者の真意が確保され、証人も遺言の趣旨が正確に記載されていることが確認できたものということができ、右遺言の方式は遺言者の真意を確保し、その正確性を期するため遺言の方式を定めた法意に反するものではないというべきであるから、本件遺言が民法九六九条一号に定める公正証書による遺言の方式に違反するものということはできないというべきである。

したがって、控訴人らの右主張は採用することができない。

四  以上のとおり、控訴人らの本訴請求をいずれも棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これをいずれも棄却すべきである。

よって、控訴費用の負担(参加によって生じた費用をも含む。)について、民事訴訟法九五条、九四条、九三条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原健三郎 裁判官 伊藤紘基 裁判官 杉山正己)

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